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東京高等裁判所 昭和48年(う)393号 判決

被告人 杉本政博 外三名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人杉本の弁護人大塚喜一、同田中一誠共同名義の、被告人永島の弁護人半田和朗名義の、被告人上松の弁護人内山誠一名義の、被告人伊藤の弁護人上田不二夫名義の各控訴趣意に記載のとおりであり、これらに対する答弁は検察官鈴木信男名義の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

一、大塚、田中両弁護人の控訴趣意第一点について

(一)  所論は原判示第一、の二強盗致傷の事実につき、被告人らは事前に強盗を共謀した事実はなく、被害者に加えた暴行により、その反抗を抑圧したものでもないから、恐喝罪と傷害罪を認め得るに過ぎず、原判決が共謀による強盗致傷罪の成立を認定したことは事実の誤認であると主張する。しかし、原判決の挙示する関係証拠によつて、原判示事実を認定するに十分である。共謀の点について、各被告人は検察官に対する供述調書において、いずれもこれを肯定しているのみならず、被告人上松、同伊藤の原審公判における各供述も共謀の事実を認める証拠となる。所論は、被告人らが、窃取した自動車により佐倉市方面へドライブして千葉市へ向け帰る車中において、アベツクか酔払いでもからかつてやろうとの会話をしたに過ぎず、からかうとは、いやがらせを意味するというが、被告人らはいずれも漸く成年に達して間もない年令であり、同年輩か年少者、殊に婦女子をからかつて、その困惑したり、狼狽したり、恥しがつたりする様子を見て快感を味うというのであれば、不健全なことながら、思慮浅薄な若年者の心理として首肯し得るが、本件被害者は被告人らより遙かに年長の社会的にも相当の地位にある公務員の男性である。若輩の被告人らが、どのようにからかつて、何を求めようとしたのか理解し難い。被告人らのからかう意図であつたという供述は犯行に対する重刑を免れようとする自己弁護というべきであり措信に値しない。被害者に加えた暴行、脅迫の程度については、証拠上明らかなように、深夜、人車の交通稀れな場所において、乗用車の運転席に単身、酒に酔つて休息していた被害者に対し、被告人ら血気の青年数人が全く理由なく殴りかかり、車のキーを取上げて、助手席、後部座席に無断で乗込み、殴る、蹴る、頭突きを加える等の暴行を擅にしたものであつて、通常人の反抗を抑圧するに十分であり、被害者和田常次郎の原審証言によれば、間断のない攻撃を受け、顔面の出血を見て殺されるかもしれないと思つたと表現し、事実ハンドルの上に俯伏して何ら反撃に出ていないことが認められるのである。正に反抗を抑圧された状態にあつたと認めて誤りはない。被害者は被告人らより頑健な体躯の持主であるとか、逃げることは容易にできた筈であるとか、ひどく酔つていたために些細な暴行を重大に感じて恐怖感を誇張しているとか、狭い車内で被害者の反抗を抑圧するほど強い打撃を与えることはできない等論じて右の状態を否定することはできない。原判決に所論の事実誤認はない。

(二)  所論は、原判示第二恐喝未遂の事実につき、被告人らは単に脅迫若しくは暴行の共謀をしたに過ぎず、恐喝を共謀した事実はなく、被告人杉本はその実行々為もしていないので、原判決が共謀による恐喝未遂の事実を認定したことは誤認であると主張する。しかし本件についても原判決の判示する事実はその掲げる関係証拠により、共謀の点を含め十分認定することができる。本件は、原判示第一の強盗の犯行を終えて約二時間後に同じ千葉市内において被害者両名のアベツクの姿を認め、これを恐喝の対象と定めて、共謀の上実行に及んだことが認められるのである。被告人上松の検察官に対する供述によれば、強盗の犯行後、被告人杉本が「まだ足りないからアベツクでもやろう」と言い出し、皆賛成したというのであつて、被告人らの共謀意思を確認し得るのである。原審公判において、被告人らは本件についてもアベツクをからかう気持からであつたと弁疏するが、被告人らの現実に採つた行動は、車上より被害者両名のアベツクの姿を認めたが一応見過し、附近の空地に駐車して全員下車し、予想された被害者らの進路に廻り、一旦同人らと摺れ違つた後、被告人永島が馳け戻り無言のまま被害者飯村昭次の背中に飛び蹴りの一撃を加えて転倒させ、続いて高橋洋二が蹴飛ばしているのである。およそ人をからかう行為ではない。被告人らの弁疏は採るに足りない。原判決に所論の事実誤認はない。

二、半田弁護人の控訴趣意第一点について

所論は原判示第一、の二の事実につき、原判決が被告人永島に対し他の被告人らとの共謀による共同正犯の罪責を負うべきものと認めたことは事実の誤認であると主張する。強盗につき事前の共謀を認め得ることは前示のとおりであり、所論は、被告人永島は佐倉市より千葉市へ向つて走る車中において被告人杉本が酔払いかアベツクから金を盗ろうと発議したに対し積極的支持の意見を述べてはいず、犯行の実行々為を分担したものでもないというが、犯罪行為の共謀において積極的に反対意見を述べて以後他の者と行動を分つたのであれば、共謀外にあつたといい得るが、発議されたことを積極的に支持する意見を述べなかつたからといつて、共謀から外れたものではなく、本件において被告人永島は、その後も他の被告人らと行動を共にしているのである。また強盗の実行に当り、被告人らの乗つて来た自動車の運転席にいたことは認められるが、他の被告人らの行動意図を知りながら、犯行後の逃走に備えて待機していたもので、他の被告人らの意図に反対して実行々為に加ることを拒んでいたものではない。集団による犯罪において、その機動力を確保することの重要さはいうまでもない。これらの事実から被告人永島につき共謀による共同正犯の成立を認定したことに誤認はない。所論は更に、他の被告人らの行為が被害者の反抗を抑圧するに足るものであつたかも疑わしいというが、この点に対する判断は前示のとおりである。原判決に所論の事実誤認はない。

三、内山弁護人の控訴趣意第一点について

所論は、原判決が被告人上松について強盗致傷の事実を認定したことは明らかに事実誤認であると主張するが、被告人上松を含め全被告人につき原判示強盗致傷の事実を認定し得ることは前示のとおりである。所論は、被害者は被告人らを赤軍派と思い込み、自ら誇大な恐怖感に駆られたもので、被告人らの暴行が反抗を抑圧する強度のものではなかつたというが、被害者が被告人らを赤軍派と考えたことは、むしろ被告人らの理由のない暴行の激しさから、当時一般に報道されていた赤軍派と呼ばれる集団の郵便局、金融機関、銃砲店等を襲つた相次ぐ無法極まる暴行を連想して、被告人らをその一派ではないかとの疑いを抱いたものであり、そのことは被告人らの一味高橋洋二も原審公判において認めており、所論とは逆に被告人らの暴行が極めて強度のものであつて、被害者の反抗を抑圧していたことを物語るものである。所論はまた、被告人伊藤及び高橋洋二が被害者より金品を奪つたことは、被告人らの暴行とは全然無関係であり、その間に因果関係がないというが、被告人伊藤らの金品奪取は、被告人らが交々暴行を加えて被害者を抑圧した状態のさ中のことであり、被告人伊藤ら独自の意思によるものとも見られず、因果関係を否定し得る事情ではない。原判決に所論の事実誤認はない。

四、上田弁護人の控訴趣意第一点について

所論は、原判示強盗致傷の事実につき、被告人らの被害者に加えた暴行脅迫は兇器を使用したものではなく、強盗特有の「凄み」がなく被害者の反抗を抑圧する程度に至らなかつたものであるから、恐喝、傷害の事実に過ぎないのに、原判決が強盗致傷を認定したことは事実の誤認であると主張するが、強盗致傷の事実を認定し得ることは前示のとおりであり、原判決に所論の事実誤認はない。

五、各弁護人の控訴趣意第二点について

各所論はいずれも原判決の各被告人に対する量刑を重過ぎて不当と主張するものである。本件犯行殊に強盗致傷、恐喝の犯行態様は、無法そのものの一語に尽き、その動機は、被告人らの一致した供述によれば、目指して行つたボーリング場二個所において、いずれも満員のため入場を拒まれたうつ憤を霽らすためであつたというのである。己れの求める享楽が思いのままにならない不満を全く無関係の他人にぶつけて癒し、他人の受ける被害など眼中にない、自己本位に徹した思考があるのみで、良識の片鱗も見られない。被告人らについては、法秩序のもとに成り立つ社会生活における適性を疑わざるを得ない。被告人杉本、同永島の連続した多数回に亘る窃盗の犯行は良心の抵抗もなく茶飯事のように行われており、習癖化していることを思わせるのである。これらのことを、若年血気の青年の偶発的犯行であつて、数人グループとなつて始めて行われたもので、被告人ら各個人の人格は左程悪質でない等弁疏して、強いて軽く評価し得るものではない。被告人らに真の改善を望み得る途は、厳重な処分によつて犯罪行為に対する法の効果を身をもつて悟らせる以外にあるとは思われない。被告人らの親達が懸命の尽力により各被害者に対し弁償に努め、示談を遂げたことは認められ、親としての苦衷は十分諒解し得るし、本件の量刑判断に無視できない情状であることを否定するものではない。これに加え被告人らの年令、各家庭の事情、犯後の情況等各所論の挙げる諸般の情状を考慮に置いて判断すれば、原判決が各被告人につき、酌量減軽の規定を適用したうえ量定して言渡した各科刑は相当であり、各被告人の関与した犯行の回数、被害内容、犯行における立場等を対比考量すれば科刑の権衡の点についても不当とすべきものは認められない。所論はいずれも採用し難い。

以上のとおり本件各控訴は総てその理由がないので、刑訴法三九六条によりこれを棄却すべく、主文のとおり判決する。

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